14.再び原点へ

 私は、それなりの確実性をもって、日本に存在する別のスタンレイを探すと同時に、日本に初期導入されたスタンレイを知っている人物を探すことにしました。そして、その原点は、日本への初期導入の際の試作地である北海道、東北、長野にあると考え、これらの地をターゲットとしたのでした。

 私なりの短いながらも濃密な経験によるものでは、研究にせよ、栽培にせよ、営利にせよ、趣味にせよ、ブルーベリーに愛着を持っている人は、その品種に興味を持っており、しっかりと観察していると確信していたのでした。

 実際のところ、単純にビジネスとしてだけでブルーベリーに携わっている人は、株(品種)自体への詳細な観察には、ほとんど興味がないのです。ある意味で、ブルーベリーはブルーベリーでしかないと十把一絡げで考えているのです。したがって、品種の識別、同定ができずに、さらなる品種混乱を起こすことになるのでしょう。その事例は日本全国各地の産地で枚挙にいとまがないことを私は実際に見てきたのでした。このような経験から、私は、初期導入時にブルーベリーに熱心だった人物は、必ずスタンレイの特徴というものを掴んでいたはずだと考えたのでした。

 最も遠方で海を越えねばならない北海道はともかく、まずは今までほとんど出向く機会のなかった東北に目を向けてみたのでした。そんな中、再び木更津のブルーベリー園主江澤氏の助力によって、東北地方ではブルーベリーで最も有名な岩手大学の名誉教授で農学博士でもある横田清氏の紹介を受けたのでした。

 横田氏が、現在も岩手大学在職中であったなら、日帰りは難しかったのですが、退官後、宮城県刈田郡蔵王町のブルーベリー園にいらっしゃるということだったので、早速訪ねてみることとなったのでした。

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