26.品種の重要性

 ブルーベリーの品種間異差が微妙だとしても、他の果樹がそうであるように、品種というものに対しては、それが正確に継承されることに最大限の努力を払い、極力混乱を起こさない注意をすべきだといえるでしょう。

 すでに、日本に導入されたものでさえ100を超える品種数に達するブルーベリーですが、その各々の品種のどれもが、開発者の努力によって様々な交配を重ねられ、数万以上に及ぶ個体の中から選抜された1株なのです。そして、そのたった1本の株を元として、個体の特性を継承する挿し木などの栄養増殖が行われ(クローンがつくられ)、その品種というものが成立しているのです。ブルーベリーは、その品種間異差が極めて微妙だとしても、全く同じ品種のルーツ(親株)は、この世に1個体しか存在しないのです。

 だから、私は、そのように生まれた1つ1つの品種の尊厳というものを、導入や増殖における不注意や怠慢によって、絶対に踏みにじってはならないと思うのです。そして、故意や過失があってもなくても、そこに混乱が生じたならば、それを収束させるべき努力をすべきであると考えます。これは、官はもちろんのこと、研究者、栽培者、流通、販売など、特に営利に関わる者の責任は重いと考えています。

 現在、日本では、ほんのわずかのブルーベリー農家が、品種名を明記して、品種別の果実を販売しています。そこで収穫されたブルーベリーは、確実に美味い。品種ごとに販売できるということは、もちろん熟期においても十分な配慮が払われるということを意味します。このような農家が増えていくならば、ブルーベリーは確実に普及していくでしょう。なぜなら、完熟した優良品種のブルーベリーは、本当に美味しいからです。

 しかし、現時点では、本当に美味しいブルーベリーの味を大多数の消費者が知らないのでしょう。品種ごとに販売されるブルーベリーは、一粒ずつがしっかりとした果実という概念で捉えることができます。本来、一粒一粒が果実であるにも関わらず、その概念がブルーベリーには希薄なのです。だから、「ブルーベリーはブルーベリーでしかない」のでしょう。

 現時点では、とりあえずブルーベリーの「栽培技術」は、確立されたかのように見えますが、本当に美味しいブルーベリーを味わうには、その「栽培技術」を大前提として「品種選択」があり、その後に「収穫技術」が必要とされるのです。これら、3つが揃わなければ、ブルーベリーには、「美味しいブルーベリー」と「美味しくないブルーベリー」の2つしか存在しないばかりでなく、「美味しくないブルーベリー」が大多数を占めることになるのです。