30.品種Xとは

 品種Xは、その多くが日本への導入当初の1950年代から現在に至るまで、一般にはブルークロップであるとされてきた品種でなのです。したがって、古くからブルーベリーを栽培している農家には、必ずといっていいほど存在します。現在でも、この品種が日本各地に大量に存在しているのです。

 そして、多くの地域では、現在でもそのままブルークロップとして扱われ続けています。実際に多くの真面目な農家では、本来大粒種であるはずのブルークロップが大粒にならないのは、自らの栽培方法の未熟さによってではないかと自責の念を抱かせ続けてきた品種でもあります。あるいは、その果実サイズゆえに、日本では、母国アメリカでこれほどまでにシェアを誇る有名なブルークロップが、この程度のものであるのかという印象を与え、ブルーベリー自体のイメージや価値を低くたらしめてしまった印象も拭いきれない問題品種なのです。

 しかし、この品種Xは、品種の同定に関して初期の段階から極めて熱心であった長野県の農家、種苗家、果樹試験場、あるいは東京農工大学の努力によって、実際にはかなり早くからブルークロップではないことが明らかになっていたのです。1974年になって、ようやくブルークロップの正確な穂木が再導入されたため、本来的には、この時点以降ブルークロップの混乱は収束すべきはずでした。

 しかし、実際にそうはならなかったのが、やはりブルーベリーのブルーベリーたる所以といえるのでしょう。その情報は、広く一般には伝わらず、品種Xは、その後もずっとブルークロップとして扱われてきたのです。当然、この1974年の時点で本物のブルークロップという品種がどれであるかは、明らかになってはいたものの、この品種Xが一体何という品種であったのかは、もちろん明らかになってはいないのです。

 この品種Xは、小町園松澤社長所蔵の当時のスタンレイの写真とは若干異なり、また元長野県果樹試験場小池洋男氏のスタンレイの記憶とも異なる品種なのです。したがって、少なくともこの品種Xは、スタンレイではないと見るのが妥当なのです。しかし、私は、この2つの否定的事実があったとしても、この品種Xが、実は本物のスタンレイなのではないかとも考えていました。それは、各地の栽培農家を訪ね、多くの研究者や栽培者から聞いた話を総合すると、この品種Xは小〜中粒種ゆえに、その評価が全くといっていいほど高くないにもかかわらず、信じがたい程の底力を持った品種だということがわかったからです。

 かつて、ブルークロップであるという品種の誤認によって広く普及したという背景があったとしても、現在でも、古い品種ながら実際のところ積極的に新品種との更新が実施されていないのです。品種Xは、今も数多く存在し、それなりの実績を上げている品種なのです。

【事例1】

この品種Xは、品種や果実サイズ、さらには熟期もあまり気にしない大規模農園では相当のシェアを占めていると考えられます。つまり、全く目立つことなく、収量第一主義の大規模農園の事実上の主力品種となっていることが多いのです。農家側も、全くといっていいほど品種名などは気にしないため、品種Xは、昔も今もひっそりと単に「ブルーベリー」として扱われているのです。長年栽培が続けられ、かつその収量を確保しているわけであるから、株自体の強さには実績があるといっていいでしょう。

【事例2】

品種Xの果実は、東京世田谷の宍戸園においては、ケーキ作りのパティシエから絶大な支持があるといいます。ケーキの素材となるブルーベリーは、自己主張が強い大粒はあまり好まれないのです。また、甘酸ともに優れ、粒揃いが良くなくてはならないです。さらにブルームが均一で果色もいいなど、美的感覚においても生食とは異なる別な意味での厳密な評価基準があり、ケーキ素材としてのブルーベリーは、それに合致したクオリティが求められるというのです。

そして、数あるブルーベリー品種の中で、その要求をクリアする品種は、この品種Xが、今のところ最も適しているというのです。また、果柄部分が長いため、果実自体があまり密に着かないため、果実の裏側が見えやすく、摘み取る時にも完熟の度合いが分かりやすいという大きなメリットもあります。

【事例3】

黒ボク土といわれるpH4.5程度の酸性土壌で、さらに標高650〜700mの高冷地で北部ハイブッシュ系ブルーベリーの適地といわれる長野県信濃町の伊藤ブルーベリー農園では、この品種Xは、中粒が中心でそれ以上のサイズにまで肥大することもあります。コリンズが主力品種であるこの農園ですが、品種Xは、現在でもそれなりの経済品種という位置づけで、古くから品種名が不明であるとされながらも、わざわざ品種更新する必要性までには至っていないのです。ブルーベリーの適地ということもありますが、ここでは、この品種Xと並んでの古参品種であるランコーカスやジャージー、さらにはジューンやペンバートンまでもが立派な現役品種となっています。

【事例4】

この品種Xの最も興味深い事実が、青森県津軽半島の中里町の事例にあります。全国ベースでいうならば、あまり有名ではないのですが、この中里町も古くからのブルーベリー産地なのです。この中里町は、典型的な日本海型気候で、夏は緯度が高いことから、7月〜8月においても最高気温が30度を超えることが例外的という快適な気候に恵まれています。しかし、5月〜9月にかけては「ヤマセ」と呼ばれる内陸部からの冷たい偏東風が吹くことがあり、農業に冷害をもたらすことが少なくありません。また、冬は日本海の湿気が内陸部に運び込まれるため降雪量が多く、大陸の発達した高気圧の影響によって吹く強い季節風と相まって、猛烈な地吹雪が発生することもあるという気象条件にさらされています。

この中里町において、かつて導入したブルーベリー品種のほとんどが適応できずに枯れてゆく中、この品種Xだけが、過酷な気象条件にも打ち勝って、現在ではなんと一番の主力品種になっているというのです。

この事例4の中里町でこの話を聞いた時、私は、この品種Xこそが、本当のスタンレイではないのかと最初に感じたのでした。

たぶんブルーベリーに限ったことではないでしょうが、親の特徴は確実に継承されます。「カエルの子はカエル」であるとか、「トンビがタカを生だ」とか、遺伝に関連したことわざはたくさんありますが、前者は統計的な例で、後者は突然変異的な例をいうのでしょう。要は、通常の場合は親の特徴が確実に継承されることを示しているのです。実際、親の性質、特に外形的特徴は、確実に遺伝します。そして、植物や果樹の場合、優性から優性が生まれること自体の確率が極めて低いのです。実際、ブルーベリーにおいて、正式な登録品種は、平均すると数万分の一の確率です。とするならば、劣性な個体から、優性な個体が生まれる確率は、さらに天文学的なものともいえるほど低い確率となるはずです。また、品種改良を目的としているならば、わざわざ劣性因子と思われる形質のものを親品種として交配するはずもないのです。

現在日本では、スタンレイとほぼ同時期の品種であるランコーカスやジャージー、あるいは果実品質や生産性に劣るコンコードやジューンまでもが、その栽培が認められる地域があります。にもかかわらず、ビッグセブンの7品種すべてにおいて、直接または間接の交配親として関わっているほどの優秀な品種であるはずのスタンレイが、これほど探しても、日本のどこにも見つからないこと自体が、極めて不可思議なのです。

本当のスタンレイを同定することは、日本に新しい果樹としてブルーベリーを導入した農林水産省の責務として、あるいはそれに関わる調査・研究の結果として、すでにしっかりとなされているべきはずのものだったはずです。なぜならば、スタンレイは、1952年に2回にわたって、農林産省特産課によって正式に日本に導入されたブルーベリー品種の1つとされているからです。にもかかわらず、母国アメリカにおいても、初期の段階からその品種の混乱があったと想定されるため、実際にそれが叶わなかったのです。

そして、ブルーベリーの導入以来、半世紀以上が経過してしまった現在、それは、さらに困難なことになっています。もはや、その真相は、誰の手によっても明らかにはならないのかも知れません。

実際問題として「本物のスタンレイ探す」などということは、本来的に研究目的でもなく、単に個人的なブルーベリーへの興味・関心に端を発した私の個人としての力量を、遥かに超越したものだったといえるでしょう。

しかし、個人的なブルーベリーへの興味・関心であるがゆえに、今後も、私の「本物のスタンレイ探しの旅」は終わらないのです。

私にとって、スタンレイとは、もはや品種同定すべき1品種ではなく、北部ハイブッシュ系品種改良の歴史における特定のポジションを意味するのです。また、スタンレイという品種は、間違いなく優秀な品種であったはずです。

そして、この品種Xは、以上4つの事例を前提として、北部ハイブッシュ系品種改良の歴史において最も重要な役割を果たしたと考えられるスタンレイのポジションに相当するような実績を、少なくとも日本のブルーベリーの歴史においては、しっかりと残した品種であることは間違いないのです。

母国アメリカの品種混乱によって、本当は日本にスタンレイが導入されていなかったならばともかく、日本のブルーベリーの歴史において、この品種Xがスタンレイでないとするならば、他の現存する古い品種と比較しても、品種Xが当てはまるべきポジションが存在しなくなるのも事実です。

この品種Xの特徴は、前述した果実以外には、その葉の形状と樹勢にあります。

葉の形状は、流線型で通常はやや小さめで細長い形状をしています。「通常は」という表現を使ったのは、その樹勢によって、葉の形状やサイズ、そして全体のイメージ自体が、全く違う様相を呈するからなのです。これもまた、品種Xの非常に珍しい特徴ともいえるでしょう。つまり、同じ株であっても、樹勢が強い部分と、そうでない箇所とでは、全く別の株に見えてしまうほどの違いを示すのです。通常の環境では、それなりの成長をし、いざ根を張った場合には、極めて強い成長をするという、この品種Xの二面性ともいえる樹勢が、様々な環境に対応できたのではないかとも考えられます。

もしかしたら、近い将来に、スタンレイの真実がわかるのかも知れません。そして、仮に、この品種Xがスタンレイでなかったとしても、私の評価は変わりません。初期導入された小〜中粒の古い品種でありながらも、豊産性とその底力によって、現在でも新品種にリプレイスもされずに、相当なシェアを持っている品種、それが品種Xなのです。