34.ブルーベリー大図鑑とスタンレイ

 美味しかった一粒のブルーベリーから始まった私の興味は「ブルーベリー大図鑑・品種読本」としてひとつの区切りを迎えました。かつて存在しなかった新しい試みは高く評価され、発売後多くの方々から強いご支持を頂くことができました。ここでは、その著作後記として、最終的にスタンレイという品種を特定することができた経緯をご紹介したいと思います。

 「ブルーベリー大図鑑・品種読本」の本文中に掲載させていただいた志村勲氏(東京農工大学名誉教授・日本ブルーベリー協会会長)の「推薦のことば」、そして、横田清氏(岩手大学名誉教授)からの「発刊によせて」のお言葉には、ブルーベリーの経験値がいまだ浅い私としては身に余る光栄でした。

 特に、横田氏の記述にある「短時間のうちによくこれまで広く、かつ的確に品種を捉えられたものと感心すると共に、30年も関わっていながら井の中の蛙であった自分を恥ずかしく思います。」という言葉に対しては、当初その掲載を躊躇する気持ちさえ覚えたほどでした。

 私の異常とも思えるブルーベリー品種に対する探求は、この「スタンレイ」という品種への興味が象徴的だといえるでしょう。スタンレイは、品種改良の歴史において極めて重要な役割を果たしながら、日本ではその正確な品種同定がなされていない非常に希で不思議な存在だったのです。

 私は、訪問した蔵王ブルーベリー農園で、横田氏に対して「本物のスタンレイ」を探していることをお話ししたところ、氏は当初さほど興味など示されなかったのでした。実際、「スタンレイは、もはや過去の品種であり『今更どうして』と思った」とも述懐しておられます。しかし、その後、私の話が徐々に気になってきて、アメリカの参考文献まで見直して、今までどうでもいいと思っていた古い品種に再び興味を持たれたとのことでした。そして、最終的に本物のスタンレイを見つけ出したのは横田氏だったのです。その連絡があったのは、ブルーベリー大図鑑発刊のほんの10ヶ月ほど前のことでした。

 このような経緯からブルーベリー大図鑑に掲載された112品種のうち、スタンレイの写真だけが室内でのブルーバック撮影ではなく、横田氏が同定した蔵王ブルーベリー農園の地植えのスタンレイ、つまり自然光での写真になっているわけです。

 スタンレイとは、自らが交配親であるアーリーブルーやコリンズと極めて酷似した品種だったのです。たとえブルーベリー品種に精通した人であったとしても、ほとんどの人は、スタンレイを実が大きくならないアーリーブルーと判断することでしょう。それゆえ、スタンレイという品種を、誰もが正確に同定することができず今日のような結果になったと想定されます。スタンレイは、果実も葉もアーリーブルーに酷似しているものの、若干粒が小さいく樹高が高めの品種だったのです。そして、その果実は、アーリーーブルーよりやや小さいながらも香り高く美味しいものだったのです。そして、なによりも私が想定していたとおり、ブルーベリーとして「魅力」を持つ優良品種だったのでした。

 私は、卓越した能力や集中力を持ってすれば、経験値というものをある程度まで凌駕することは可能だと思っていましたが、最終的に本物のスタンレイを見つけ出すまでには至りませんでした。これこそが横田氏の30年間の経験値の産物であり、当時ブルーベリーと接してから5年にも満たない私が、どれほど鋭敏な観察眼と集中力を持って臨んだとしても到達しえない領域だと感心したのでした。多くの人が自慢げに語る「経験値」とは、「単に時間経過だけ」による場合がほとんどだといえるでしょう。しかし、このスタンレイを見つけ出した横田氏の経験値とは、まさにノウハウといえる真の実力だと私は感じました。

 さらに、本当に人生を達観するほどの豊かな人間性と人格を持つ方は、物事を正確に評価するとともに、極めて深い度量を持っているようです。だから、横田氏は、私の著作に対して、自らを謙遜するだけでなく自戒の念までも含めて「発刊の言葉」に込められたのだと思います。

 もちろん、事実の積み上げや論理や調査はベースとして重要な裏付けにはなりますが、最終的には優れた人間の感覚に勝るものはないような気がしています。私は、複数の状況証拠や理詰めによってスタンレイであるはずの「品種Y」に対してブルーベリーとしての「魅力」を感じることができず、スタンレイではないことを直感したわけですが、横田氏との出会いがなければ、スタンレイという優良品種は、永久に忘れ去られ特定もされない過去の品種になっていたことでしょう。つまり、横田氏の発見がなかったら、スタンレイは永久に不明なまま、「ブルーベリー大図鑑」は発刊を迎えていたことでしょう。

 私は、この事実を、横田氏が、私の著作を賞賛するために自らを戒め「井の中の蛙」とまで称するような表現を使って「発刊のことば」を記されたことへの返礼にしたいと思います。

 私は、人間の思い入れや情熱とは、とてつもない能力を発揮するものだと思っています。にもかかわらず、ひとりの人間の能力にはどうしても限界があるのです。しかし、それが共通の目的を持って集結された時、人間のみが持つ「叡智」として昇華し結晶すると考えています。

 マーケティング会社を経営しながら、マーケティングというものを全く顧みずに、極めてマイナーなマーケットに放り込んだ馬鹿げた大作「ブルーベリー大図鑑」は、そんな中から生まれたのです。