果実販売における品種表示

 私自身、ブルーベリーの栽培に興味を持ち始めるまでは、おそらくブルーベリーの品種名などひとつも知らなかったことでしょう。そして、スーパーや百貨店で販売されているフレッシュブルーベリーにも、品種名が明記されているものなど存在しませんでした。ブルーベリーはブルーベリーでしかなく、品種名はおろか系統すら明記されることがないのが、むしろ当たりまえなのです。その根底にあるものは、ブルーベリーの苗木マーケットにおける品種混乱と全く同様のものでした。しかし、スーパーや百貨店において品種名が表示されずに販売されている国産の果物は、ブルーベリー以外ほとんど見かけないといってもいいでしょう。

 ところが、ブルーベリー大図鑑が刊行された後の2007~8年頃から、消費者に品種の違いを理解してもらうとともに、流通販売に向く品種を選別し出荷することによって、過熟や痛みを極力抑えてブルーベリー本来の味を消費者に届けたいと考える熱意ある生産者や地域によるブルーベリーの品種別出荷が一部で始まりました。その多くは都心に存在する地方各県のアンテナショップにおいて、ブルーベリーフェアなどという形式で行われました。

 また、そのような試みに伴ってのものか、東京では青山の紀伊國屋や六本木の明治屋といった高級スーパー、あるいは新宿伊勢丹の果物売り場でも、品種名を明記したブルーベリーがようやく登場しはじめたのでした。

 しかし、そういった生産者の努力は報われることなく、品種名が明記されたフレッシュブルーベリーの販売は、その後数年程度で見かけなくなりました。実際の販売の現場においては、品種を明記する意義が理解させず受け入れられなかったか、どうしてもコストが高くなるために、品質よりも安価な無印ブルーベリーが仕入れられるようになったかのどちらかでしょう。

 その一方で、様々なジャンルで発覚しはじめた食品偽装問題への注目や東日本大震災による放射性物質への関心等によって、どうやら産地の明記については流通も販売も消費者も興味関心が強くなったようです。その結果、品種に関しては、従来と同様で何の変革も起こらなかったにもかかわらず、産地に関しては必ず明記されるようになりました。

 私は、一般の消費者にどこまでの理解が可能かは別として、品種名はともかくハイブッシュかラビットアイかの系統が明記されるのは、嗜好の問題としても重要ではないかと考えています。それが、全く別な事情から産地の明記はなされるようになったものの、結局のところ品種や系統の表示に至っては従来同様の扱いに戻ってしまったのでした。

 実際のブルーベリーの流通と販売の現場における最大の課題は本来のおいしさをいかに維持できるか否かであり、そのために輸送性や保存性に優れた品種のみを選定することが重要なのです。つまり、ブルーベリーは、本来的に輸送性や保存性に難のある果樹なので、輸送や保存に適さない品種を排除するという意味において、品種の特定が非常に重要だと私は考えているのです。しかし、ブルーベリーは、相も変わらずその課題すら注目されないマイナーなポジションを維持し続けているのでした。これも、私にとっては、諦めに満ちた現実でもありました。

 そんな中、2015年夏、新宿伊勢丹の果物売り場で「東京都産 小平『島村農園』ブルーベリー」という表記を見かけました。「品種選択」「栽培技術」のみならず「収穫技術」にも優れる島村農園は、とうとうこの方向に舵を切ったのかと私は感じました。これは、木更津のエザワフルーツランドの「ブルーマリヤ」という位置づけとほぼ同じコンセプトになります。

 簡単にいえば、品種の明記はしないものの自らの農園ブランドで消費者に訴求していくという戦略になるのですが、本来的に輸送性と保存性に難のあるブルーベリーにおいて、消費者を裏切らない配慮や工夫を自ら徹底していくのは、相当な試行錯誤と経験値が必要とされることなのです。私が、ブルーベリーの品種にこれほどまでの興味を持ってこだわってきたのは、実際に存在する各品種の様々な側面からの優劣と、明らかに存在する個性を見いだしたからなのです。

 そして、その実際に存在する優劣や個性を、優位な方向にコントロールし昇華できると考えたからにほかなりません。しかし、ジャムをはじめとした加工品はともかく、ことフレッシュブルーベリーの流通販売においては、輸送性と保存性に難のある品種を「徹底排除」すべき必要があると考えています。たとえ摘みたての果実がどんなに美味しい品種であったとしても、輸送性と保存性に難のある品種が一粒でも含まれていれば、消費者の口に入るまでに時間のかかることを想定した場合、その一粒は他の果実にも悪景況を与えるだけでなく、さらにはブルーベリー全体のイメージすらも低くたらしめる可能性が高いのです。

 したがって、逆説的ではありますが、フレッシュブルーベリーの店頭販売において品種名の明記を行わなくても、信頼できる農家のこのようなブランド戦略は、「本当に美味しいブルーベリー」を流通させる第一歩である気がしたのでした。しかし、言い換えるならば、この戦略に踏み切った生産者は、美味しいフレッシュブルーベリーを流通販売するにあたり、実際に直面した様々な困難を前提として、それこそが最善の策であると考えるに至ったということなのでしょう。つまり、この事実もブルーベリーの品種認識に対する限界を示唆するひとつの事例といえるのかも知れません。