品種の同定とは

 1900年代初頭、アメリカのニュージャージーで品種改良に着手されたブルーベリーは、1世紀を経ずしてその品種数は数百を超えるに至りました。しかし、これだけの品種数を誇りながら、その品種間異差が微妙であることには変わりありません。また、一部では品種同定自体の必要性を否定する意見さえあります。

 しかし、1品種を詳細に観察するならば、葉芽、花芽、蕾、花、芽吹き、葉、幼果、熟果、実着き、樹高、樹形、樹勢、紅葉、休眠期などの状態の中に、その品種固有の特徴を見いだすことができるのです。また、他品種に通じる特徴であっても、別の特徴が重なったところに、その品種を同定する手掛かりが存在します。あるいは、複数の株を観察することによって、その相対的な比較から、それが可能となる場合も多いのです。

 白い花が多いブルーベリーの中にあって蕾がひときわ赤い品種、冬の花芽の段階で紅葉もせず常緑かと思わせるような品種、受粉が終了しすでに幼果が膨らみはじめている品種があるというのに、いまだ花を咲かせている品種、花房だけが大きくなかなか葉が出てこない品種、花房が小さく葉の伸張が旺盛な品種など、以下の写真にあるように、目に見える明確な品種間異差は確実に存在するのです。

 私が、ブルーベリーの品種に対してこだわりを持ったきっかけは、実際の苗木マーケットのいい加減さにあったのですが、結果としてそこからものを見る目やノウハウを学んだ気がしています。そのノウハウはブルーベリーで養われ、その後は様々なジャンルにも応用され、大いに役に立っているのです。

Reveille/Misty

 ブルーベリーの世界における品種同定とは、それ自体が可能か否かということではなく、実際に存在する品種の特性を把握し、それに応じた栽培法や流通販売方法、さらには利用法を考える上で非常に重要なことなのです。それを無視した延長線上には将来などないはずです。現在、市場出荷されている果物の中で、品種が問題にされないのはブルーベリーくらいではないでしょうか。それは、ブルーベリーが果樹としての1カテゴリーを築くことができず、いまだに認められていないことを意味するものだといってもいいでしょう。

品種による違い

 摘み取り園用の品種は別として、市場出荷に向く品種と不向きな品種は間違いなく存在し、その差は歴然たるものです。ブルーベリー生産農家は、送り出すまでしか状態を確認できないのです。そこからどういう経路を経て店頭に並ぶのか、あるいは宅配業者を通じて実際に消費者の手に渡るまでの間に、品種の違いによって大きな差が生じるのは当然のことです。 輸送性と保存性に乏しくすぐに傷むのがブルーベリーの宿命かもしれませんが、それを言い訳にして品種同定を怠ってはいないでしょうか。

 たとえば、消費者に届いたブルーベリーのうち数粒が傷んでいた場合、その数粒をブルーベリーの性質にしてしまうのは簡単ですが、もしもその数粒が傷みやすい品種であったならば、それを出荷前に排除することによって、100%の美味しいブルーベリーを提供できていたかもしれないのです。

 今後、輸送性と保存性に優れた南部ハイブッシュ系のパテント付き新品種が普及してきた場合、生産規模ではかなわない日本の農家に残された唯一の優位性とは、それよりも優れた果実品質を持つ北部ハイブッシュ系品種の流通しかないはずです。市場出荷が輸入品に押されるなら、加工用途や摘み取り園に特化するなどという後ろ向きの発想では、生き残ることはできないでしょう。

 私が見てきたブルーベリーの出荷単価を年々上昇させている数少ない生産農家は、常に積極的な攻めの姿勢で市場競争に挑んでいます。地道な努力を重ねています。常に試行錯誤に挑んでいます。現状に甘んじることなく、次の一手を、次なる工夫を考えています。これまで全く別な世界で生きてきた私の目には、そんな努力や行為が新鮮に映り、今まで何の関係者でもなかった私がはるばる遠方から訪ねていくことで、向こうからは私がまるで異星人のように映るようです。