加工素材としてのラビットアイブルーベリー(2)

 品種間のばらつきが多いのもラビットアイブルーベリーの特徴であり、これらを混在すべきか否かも考慮すべきだと考えます。いまだ発展途上にあり、一般消費者がブルーベリーという果樹を完全に理解してはいない現在、ブルーベリーに対する関与度や経験値に乏しい消費者が自らの潜在イメージをもとに、それよりも美味しかったという単純な相対評価によって、ラビットアイブルーベリーが高く評価されている事例を参考にしてはならないと私は考えています。

 今後、一般消費者がブルーベリーを食す機会が増え、味に敏感になってきた時には、先の既存イメージとの相対評価による好評価など全く意味をなさなくなるでしょう。

ラビットアイブルーベリー比較

 私がそんな懸念を持ったきっかけは、果皮が固く種が大きい古い品種が、ただ甘いというだけで一般消費者に好評であるという事例にあります。私には、こんなことがこれからも長続きするとは到底思えないのです。つまり、これはいまだ該当消費者のレベルが向上していない段階での評価であることを意味します。相対評価とは、その時点において比較可能なものに対する優劣であり、その対象は常に上方に向けて変化していくものです。

 人間という生き物は今美味いものは、その次には当たり前になるものです。相対尺度もひとつの指標になるのは確かですが、必ず時とともに、そして経験値とともに変化します。相対尺度と同時に、さらなる客観性と先を見通した絶対尺度を持っておくことが必要だと感じています。

ラビットアイブルーベリー糖度比較

 もしも、この私の予測や懸念が、この先もずっとただの杞憂でしかないならば、それは結局のところブルーベリーが現在と同様にマイナーな存在であり続けていることを意味するでしょう。もしも、そうでしかないならば、結局のところ、それがブルーベリーの限界であり現実であるのかもしれません。