島村ブルーベリー園(東京都小平市)

 東京都小平市にある島村ブルーベリー園は、1968年に誕生した日本初のブルーベリー園です。園主の島村速雄氏は、ラビットアイ系品種それもティフブルーへの愛着が極めて強い方です。それは、長年の経験でティフブルーが古く1955年に開発された品種であるにもかかわらず、それを凌駕する品種がいまだに現れないという確信に基づいているからなのでしょう。

 ティフブルーに強い愛着を持ち、その栽培技術の頂点を極め、特に収穫技術に「こだわり」を持つ島村ブルーベリー園が作るティフブルーは、品種の潜在能力を最大限に引き出しています。この究極ともいうべきティフブルーの存在は、私に「ブルーベリーの本当の姿」を考える上で様々な示唆を与えてくれました。 また、それは日本で最も豊富な経験値に裏打ちされた「栽培技術」と「収穫技術」の産物であると思います。

島村ブルーベリー園

 一般に、ハイブッシュ系品種の果実品質は、ラビットアイ系品種よりも優れているとされますが、ここ島村ブルーベリー園の完熟したティフブルーは、それを否定するほどのポテンシャルを持っています。 この果実品質を実際に体験すると、「栽培技術」や「収穫技術」というものが、「品種選択」というものを吸収してしまうほどのものであることを思い知らされる気さえします。しかし、この究極のティフブルーの評価には、「島村ブルーベリー園が作る」というバイアスを考慮しなくてはならないでしょう。つまり、一般の栽培者にとっては、この果実品質を同程度に実現するハードルである栽培技術と収穫技術が極めて高いということです。特に私には、収穫技術が異質であるとさえ感じられました。

島村ブルーベリー園

 「栽培技術」はともかく、精神論にまで及ぶ「収穫技術」とは、論理的理解は可能であっても、その実践と継続が難しいのです。営利栽培上の難しさとは、前述したように「収穫技術」というものが、他から強制されることのない栽培者自身の「こだわり」に依存するとおうことによります。一方、趣味の栽培では、完熟するまで我慢するという忍耐力に等しいため、多くの場合は素人の安易さゆえ、やはり難しいことになります。

島村ブルーベリー園

 「本当に美味しいブルーベリー」を享受するには、大前提としての「品種選択」、ノウハウとしての「栽培技術」、判断としての「収穫技術」の3つが必要となるのです。そして、その3つが揃った延長線上に「本当に美味しいブルーベリー」が存在します。営利や趣味の栽培を問わず、一般栽培者にとっては、大前提としての「品種選択」に依存することの方が、単純に美味しいブルーベリーを収穫するには「近道」ともいえるでしょう。多くの一般栽培者にとって、ティフブルーという品種はごく普通の品種でしかありません。ティフブルーの持つポテンシャルを最大限に引き出すことよりも、安易な甘さを持った品種を選択した方が、ある程度の美味しさを享受するには、「近道」ということになるのです。

 しかし、それはそれなりのクオリティを持った「美味しいブルーベリー」であることは確かなのですが、究極ともいえる「本当に美味しいブルーベリー」ではありません。生産農家にとっては、量産が難しい「本当に美味しいブルーベリー」と、量産可能な「美味しいブルーベリー」とのどちらを選択するかということになるのかも知れません。島村ブルーベリー園は、そして園主の島村速雄氏は、その事実を本当に理解している数少ない生産者であり、けっしてブレることのない稀有な存在だと私は感じたのでした。

 私が最初に島村ブルーベリー園を訪れたのは、2003年のことでした。そして、長野県の伊藤ブルーベリー農園や種苗業者である小町園の経緯や歴史、そしてその真摯な取り組みを聞かせてもらいました。また、私が印象深く今でもしっかりと憶えていることが2つあります。1つは、いまだブルーベリー経験の浅い私に「どの品種が一番美味しいと思う?」という島村速雄氏の問いかけに対し、私が「バークレイですかね」と答えたことでした。その答えに対して島村速雄氏は、うっすらと笑みを浮かべたのでした。それは、「まだまだ美味い品種があることを知らないな」と言わんばかりの笑みだと私はその時に直感しました。そして、その後、私はその事実を様々なところで実体験し、ブルーベリー大図鑑のバークレーの項で、「ブルーベリービギナーに推奨する品種」「ホームガーデン用途としては最良で無難な品種」、そして「その酸味の少なさゆえ、ブルーベリーの美味しさの神髄である『酸味と甘味の調和』までも理解した極めて少数のブルーベリー通にとっては少々物足りない味」と解説するに至ったのでした。

 そして、2つ目の印象深い記憶は、摘み立ての完熟ウッダードを数パック購入して持ち帰った時のことでした。そのうちの1パックを、私はクルマを運転しながら口にしたのですが、その究極の完熟度合いが今でも鮮明に記憶に残っているのです。言葉選びが大変難しいのですが、ダメになる(傷む)直前の最高の美味しさとでも言うのが最も近い表現かも知れません。通常、パック詰めされた完熟のブルーベリーを前提とした場合、仮に傷んで果汁が出ていなくても1つや2つは食味が落ちているものです。しかし、そのパックに詰められた完熟のウッダードには、1粒として傷んでいるものがなかったのです。そればかりか、そのすべてが明日までは持たないかも知れないというレベルのぎりぎりの完熟状態だったのです。そんな経験は、その後は一度もありませんでした。もしかすると、これが、ラビットアイ系品種の秘められたポテンシャルのひとつなのかも知れません。そんなことを想いながら、当時、ブルーベリー、ブルーベリーと駆け巡っていた頃を懐かしく感じています。